4話

「アイリスちゃんたち、見当たりませんね」
一通りの店を回り終えて、まもなく祭り最後のパレードが始まろうとしている。やはり人の多さからか、先に行ったという三人を見つけることはできなかった。エマはそう思っていた。しかし、ホームズは違ったようだ。
「さっき屋台の近くで見かけましたよ。三人でポテトを美味しそうに食べていましたね」
ホームズは何てことのないように言う。それがどうしたと言わんばかりの様子だ。
「え、あの……合流しなくてよかったのですか?」
「……ミス・エマ、ボクは置いて行かれたのですよ!」
それなのに声を掛けるなんて悔しいじゃないですか、と。納得できるような、できないような言い分だ。
「さあ、置いて行かれたもの同士、二人で祭りを楽しむとしましょう!」
「……いや、私は置いて行かれたのでは――」
「まあまあ、そう細かいことはいいのです。もうすぐパレードが始まりますよ」
 パレードの進行方向にはずらりと人が並んでいた。今まさにこのときも見物客は増えていて、エマはホームズの存在をこぶし一つもない距離に感じていて。なぜか妙に力が入ってしまう。
 賑やかな音楽とともにパレードはスタートした。踊り子が伝統的な衣装をひるがえし、その熱気が観客にも移っていく。飛び入り参加歓迎ということもあって、見物客の列からひとり、またひとりとパレードに加わっていった。
「おっと、危ない」
エマが人ごみの中でバランスを崩しそうになったところを、ホームズはいち早く察知した。軽く肩を支えられて、転倒は免れる。けれど、エマはいっそう身体に力を入れて固まってしまった。
「あ、あ、あの、ありがとうございます」
ギギギと、さながら機械のような動きでエマはホームズから離れた。といっても、列の中でそれほど距離を取ることはできない。相変わらずホームズは目と鼻の先だ。
 パレードに目線を戻しても、隣の気配が気になってしまう。変に思われていないだろうか。ホームズの顔色をうかがいたいが、これでもし目が合ったらと思うと、パレードに集中するほかなかった。

「すごく盛り上がりましたね」
祭り一番の目玉が終わり、人がぱらぱらと散っていく。ホームズとの距離は元通りになり、エマはいくらか落ち着きを取り戻していた。しかし同時に、どこか寂しいような気持ちになる。もう祭りは終わりなのだ。
「ええ本当に。ですがそろそろ帰らなければなりませんね」
「はい、とても楽しかったです」
 行きよりも薄暗くなった道を二人で歩く。途中でアイリスたちに会うだろうかと予想していたが、三人の姿を見かけることはなかった。
 ガス灯に照らされて浮かび上がった二つの人影はずいぶん高低差がある。ぐぐ、とつま先立ちをしてみても、その差はほとんど埋まらない。

 家まで送ると言ってくれたホームズ。エマが店の奥で寝泊まりしていることを話すと、少し驚いていたようだった。
「もともと別に家があったんですけど、一人ではもったいないので引き払ってしまったんです」
「そうでしたか。仕事場が近いというのは羨ましい限りです」
色々な場所へ足を運ばなければならないホームズからすれば、エマの行動範囲のなんて狭いことだろう。彼はそれなりに遠出を楽しんでいるそうだが、やはり疲れが溜まることも多いらしい。
 店の入り口に着いて、エマはホームズに礼を言った。彼にとってこの道が少し遠回りなことは知っている。何度かお茶会の誘いがあったからだ。
「では、よい夜を。夜更かしもいいですが、あまり過ぎると体に毒ですよ」
彼は胸ポケットから猫の刺繍のリボンを半分だけ取り出し、エマに見せるようにして言った。
「そ、それは……もう、私も大人ですから、分かっています」
エマの図星をホームズはくすりと笑う。
「まあ、ボクが言えたコトではないのですがね」
ホームズは栞をポケットに入れ直し、優雅に頭を下げた。
「では、この辺りで失礼します」
「はい。お気を付けて」
また、と言いかけて口をつぐむ。その代わりに手を振った。

 店のドアを開けて、カウンターに置き去りにされた小説を手に取る。エマとしては小説を最後まで読みたいところだった。しかしその思惑はホームズに読まれていて、夜更かしが過ぎないようにとクギまで刺されたのだから、そういうわけにもいかない。
 エマは続きを少し読み進めたところで、ホームズに貰ったリボンを挟んだ。そもそも本を読み終わってしまったらこのリボンの行き場がなくなってしまうのだから、これでよかったのかもしれない。
 エマの指が刺繍の糸を撫でる。プレゼントしてくれたのが嬉しかった。祭りに誘ってくれたのも嬉しかった。このリボンを見るたびに今日のことを思い出してしまうのだろうか。そんなことを考えながら、エマは目を閉じた。