6話

 エマのところに行ってきてほしい。そうホームズに頼まれて、成歩堂は従うしかなかった。というのも、ホームズは銃で撃たれて自由に身動きが取れない状態なのだ。特に断る気もなかったのに「このままでは彼女が待ちぼうけを食ってしまう」なんて半分脅しのようなことも言われた。

「それで、行くのはいいですけど。ぼくは何をすればいいんですか?」
「劇に行く約束をしていたんだ。まあ、その日まであと三日はあるんだけど……」
ホームズは巻かれた包帯をさすって首を振った。
「残念ながら行けそうにない。だから断ってきて欲しい」
「……わかりました」
病室のベッドで寂しそうに窓の外を眺める彼の姿は成歩堂の胸を突いた。ホームズは多分、行きたくて仕方ないのだろうと思う。となれば、成歩堂の取る行動は一つしかなかった。

「エマさん、ホームズさんのお見舞に行っていただけませんか」
店に入るなり、客が誰も居ないことを確認して成歩堂はそう言った。エマは何度か瞬きをして「え?」と首を傾げた。
「ホームズさん、入院してるんです。あの、命に別状とかはないんですけど……」
銃で撃たれてしまって、と言い終わる前にガタンと大きな音が響いた。驚いたエマがカウンターにぶつかって、その拍子に本が床に落ちてしまったのだ。話す順序には気を使ったつもりだったが、やはりそう上手くはいかない。
 成歩堂は落ちた本を拾ってカウンターの上に置いた。
「あの、手術も終わっていて、本人も元気で、エマさんと劇に行けないって嘆いていたぐらいですから」
心配しなくてもいいと言うとホームズに怒られてしまいそうだが、他に気の利いた言葉も思いつかない。成歩堂はだんだん焦りを覚え、しまいには身振り手振りを使って説明しようとした。が、思い返せばその動作で伝わることなんて一つもなかっただろう。そんな成歩堂を見ていたエマは、徐々に落ち着きを取り戻したようだった。
「すみません。取り乱してしまって。お見舞は時間を見つけて行きますね。教えてくれてありがとう」
「ああ、いえ。本当はホームズさんに伝言を頼まれたんです。劇に行けなくなったと」
「そうでしたか」
エマは俯いた。
「ホームズさんも本当に残念そうにしてました」
何となく暗い気分になってしまっていた成歩堂に「違うんですよ」とエマは言う。
「こんなときに、こんなことを言うのはいけないかもしれませんが、実はまだ心の準備ができていなかったんです」
約束の日が近づくたびにドキドキして、彼を誘うのだってものすごく勇気が必要だったのだと。
 んん、と成歩堂は首をひねった。
「エマさんからのお誘いだったんですか!」
「……はい。お誘いしようと引き留めたのに、言い出すのにそれはもう時間をかけてしまって」
頬を染めたエマにつられて成歩堂も顔に熱が集まってくるのを感じた。何となく、ここで彼女と話し続けていたらホームズに怒られそうな気がする。
 エマはカウンターの引き出しから紙切れを取り出して成歩堂に見せた。
「劇のチケットはお客様に安く譲っていただいたんですけど、期限はまだずっと先なんです」
だからあまり気に病まないでほしいと、エマは微笑んだ。
「あ、それなら……!」
「はい。でもお断りされてしまったので、改めてお誘いしなければなりません。また時間がかかってしまいそうです」
「あの、ホームズさん絶対に断らないでしょうし、すごく喜ぶと思います!」
「ありがとう。そうだといいですけど」
エマは目を細めて、チケットを丁寧に元の場所に戻した。

 下宿に戻った成歩堂は、香草茶を淹れるアイリスに声を掛けた。
「どうしたの、なるほどくん」
「ぼくはエマさんを応援するよ」
アイリスはしばらく間を置いた。やがてポットから手を放して「ふふ」と笑う。
「ホームズくんじゃなくて?」
「まあ、それはその……うん」
ここでホームズの名が出てくるあたり、アイリスも何の話か分かったのだろう。きっと彼女は前から知っていたのだ。
「んー。でも、それに関してはあたしも同じ意見かなー。ホームズくん、いつまでたってもあんな感じだし」
成歩堂は苦笑いで言葉を濁した。アイリスはたまにホームズに厳しいが、それは二人の信頼関係があってのことだ。その証拠に、アイリスは穏やかな顔をしている。
「じゃあ、あたしとなるほどくんはエマちゃんを応援する仲間ってことで」
二人はティーカップでささやかな乾杯をした。